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大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)319号 判決 1980年10月16日

控訴人 大津市土地開発公社

右代表者理事 山田豊三郎

右訴訟代理人弁護士 石原即昭

右同 坊野善宏

右同 宮川清

被控訴人 橋本卯一郎

右訴訟代理人弁護士 吉原稔

主文

一、原判決を取消す。

二、被控訴人の本訴請求を棄却する。

三、控訴人の反訴請求に基づき、被控訴人は、控訴人に対し、別紙添付物件目録記載の土地につき別紙添付登記目録記載の仮登記に基づく本登記手続ならびに右土地の引渡をせよ。

四、訴訟費用は、第一、二審を通じ、本訴反訴とも、被控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求めた裁判

一、控訴人

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

主位的に

被控訴人は、控訴人に対し、別紙添付物件目録記載の土地につき、同添付登記目録記載の仮登記に基づく本登記手続をせよ。

予備的に

被控訴人は、控訴人に対し、本件土地につき、昭和四九年七月二四日付所有権移転に関する合意に基づき、所有権移転登記手続をせよ。

被控訴人は、控訴人に対し、本件土地を引渡せ。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

なお、第四項記載の予備的請求は、当審において追加。

二、被控訴人

本件控訴を棄却する。

当審における新請求を棄却する。

控訴費用および当審における新請求につき生じた訴訟費用は、控訴人の負担とする。

第二、当事者双方の主張

一、本訴

1. 被控訴人の本訴請求原因

(一)  被控訴人は、別紙添付物件目録記載の土地(以下本件土地という。)の所有権を有する。

(二)  控訴公社は、右土地につき、同添付登記目録記載の仮登記を経由している。

(三)  被控訴人は、右土地の所有権に基づき、控訴公社に対し、右仮登記の抹消登記手続を求める。

2. 本訴請求原因に対する控訴人の答弁および抗弁

(一)  答弁

請求原因(一)(二)の各事実は認める。同(三)の主張は争う。

(二)  抗弁

(1) 被控訴人は、昭和四九年一月一六日、本件土地につき、自己を売主、訴外株式会社滋賀興産(以下、訴外会社という。)を買主として、代金二五〇〇万円なる売買契約(以下、本件売買契約という。)を締結した。

(2) 訴外会社は、右契約に基づき、昭和四九年二月一三日付をもって、本件土地につき、訴外会社のための所有権移転請求権仮登記を経由した。

(3) 控訴公社は、昭和四九年七月二四日、訴外会社との間で一般国道一六一号西大津バイパス改築事業用地の代替地に供するため、本件土地につき、同公社を買主、同会社を売主として、次なる契約を締結した。なお、右契約は、本件売買契約により、訴外会社が被控訴人に対して有する同契約上の買主の権利(買主たる地位の内義務を除いたもの。)を売買するものである。

代金 金二九三二万二六七五円。

代金支払方法 右代金は、契約締結後一〇日以内に金五八六万四五三五円を、所有権移転仮登記完了後に残額金二三四五万八一四〇円を支払う。

特約 控訴公社の都合により第三者に権利移転することについて、訴外会社は、異議を申立てないものとする。

被控訴人をして、控訴公社に対し、次項の約定をなさしめる。

(4)(イ) 被控訴人は、昭和四九年七月二四日、控訴公社および訴外会社に対し、同会社が被控訴人に対して有する本件売買契約に基づく買主の権利(本件土地の条件付所有権と登記および引渡請求債権)を控訴公社に譲渡することにつき、何等異議を留めない承諾をした。

即ち、被控訴人は、訴外会社が所有権移転登記手続をなさない場合には自らこれを履行すべき旨の意思表示をし、更に、控訴公社において右登記の嘱託をなすことを異議なく承諾した。

(ロ) のみならず、被控訴人は、右承諾とともに、控訴公社との間で、改めて本件土地を控訴公社に譲渡することとし、本件土地所有権を直接控訴公社に移転し、かつ、所有権移転登記手続をなす旨の合意をした。

(ハ) 控訴公社は、右(イ)の承諾又は右(ロ)の合意に基づき、右同日、本件土地の完全な所有権を取得した。

(ニ) 控訴公社の本件土地所有権取得につき、農地法五条所定の届出許可が必要でないことについては、後記反訴請求原因についての主張と同じである。

(5) 控訴公社は、前二項の約定による本件土地についての条件付所有権(所有権移転請求権)を保全するため、訴外会社から、同会社が有していた前記(2)記載の所有権移転請求権仮登記の移転を受け、同年七月二六日受付をもって、右移転の登記(附記登記)手続を了した。

しかして、控訴公社は、同公社と訴外会社との前記契約に基づき、同月二九日および同年八月二日、の二回にわたり、右約定代金の全額を同会社へ支払った。

なお、控訴公社が本件土地を取得した目的は、右(3)記載のとおりであるところ、控訴公社は、場合によっては(代替地として取得する者の都合によっては)農地のまま移転することを考えていたため、直ちに所有権移転本登記手続をせず、仮登記の附記登記(以下単に本件仮登記という。)をなすに止めておいたものであり、もとより、これがため右所有権取得の効果が左右されるものでない。

3. 抗弁に対する被控訴人の答弁および再抗弁

(一)  答弁

抗弁事実(1)(2)は認める。同事実(3)中本件土地に関する同事実(3)記載の契約により、訴外会社が本件売買契約により被控訴人に対して有する同契約上の買主の権利(買主たる地位の内義務を除いたもの)を売買するとの点を否認し、その余の事実は認める。同事実(4)(イ)(ロ)は全て否認。仮に、その主張にかかる合意が存在したとしても、右合意の趣旨は、控訴公社の主張するように、訴外会社と被控訴人との契約関係がいかなる経過になろうとも、それとは別個独立に被控訴人が義務を負担するものでない。換言すれば、訴外会社の代金支払義務の履行の有無を問わず、被控訴人において、控訴公社に対し、本登記移転の義務の負担を合意したものでない。つまり、控訴公社の契約上の権利に対応する被控訴人の義務とは別個独立の義務として控訴公社に対し所有権移転本登記手続に協力すべき義務を負担したものではない。同(ハ)(ニ)の主張は全て争う。仮に承諾があったとしても、被控訴人と訴外会社間の本件売買契約には、売買代金二五〇〇万円は同会社において被控訴人所有の別の土地上に代金二五〇〇万円で七戸の建物を建築することによりその建築請負代金で充当することとし、右建物の完成時期は昭和四九年六月末日とする旨約定されていたところ、被控訴人は、控訴公社主張の承諾につき、右建物完成引渡と引換えに所有権移転登記をする旨の確約をとったうえで右承諾をしているのであり、異議を留めていること明らかである。同事実(5)中控訴公社がその主張する年月日に本件土地につき仮登記の移転登記(附記登記)を経由した点、控訴公社が同公社と訴外会社間のその主張にかかる契約に基づき同会社に対しその主張する時期に主張にかかる金員を支払った点、は認めるが、その余の事実は不知。その主張は争う。控訴公社が訴外会社より受けた「所有権移転請求権の移転の附記登記」なるものは、控訴公社において本件土地に対する所有権はもとより同会社が被控訴人に対して有する所有権移転請求権そのものを取得したことを表示するのではなく、右主登記たる仮登記によって表示された所有権移転請求権について、更にその移転を求める請求権の附記登記たるに過ぎない。したがって、登記上も、依然として、同会社が被控訴人に対して所有権移転請求権を有する旨の表示がなされていることになる。

(二)  再抗弁

(1) 仮に、抗弁事実(4)(ロ)の合意が成立していたとしても、右合意は、次の事由に基づき、その効力を有さない。

(イ) 右合意は、前記抗弁事実(4)に対する答弁で述べたとおり約定建物の完成引渡が停止条件となっていたところ、右停止条件は未成就である。

(ロ) 右合意は、訴外会社がその従業員である訴外仲則幸を代理人として被控訴人との間で成立させたものであるところ、仲は、真実は、前記約定にかかる建物完成未了の間に控訴公社から代金を受領する意思であるのに、右事実を秘匿し、「建物完成引渡の後に登記するから安心せよ。」と申述して被控訴人を欺罔し、その旨誤信した被控訴人をして、右合意をさせたものであり、控訴公社代表者においても、右事実を知っていたものである。そこで、被控訴人は、右合意にかかる同人の意思表示を詐欺によるものとして、昭和五〇年二月二〇日の原審における本件口頭弁論期日において取消す旨の意思表示をし、右意思表示は、当日、控訴公社に到達した。

(ハ) 被控訴人は、訴外会社の前記従業員の説明等によって、被控訴人が前記建物の引渡を受けた後に本件土地の本登記をするという趣旨であると信じたため右合意をしたものであり、控訴公社が主張するように、被控訴人が右建物の引渡を受けると否とにかかわらず本登記をするという趣旨であれば、右合意をしなかったものである。よって、被控訴人の右意思表示には、その要素に錯誤がある。

(ニ) 右合意は、中間者たる訴外会社を排して売主たる被控訴人と転買人たる控訴公社との間で、中間省略の農地法三条又は五条の許可申請手続をする旨の合意を意味するものであるところ、かかる合意は無効である。

(2) 訴外会社は、被控訴人との間の前記約定による本件土地の代金を決済するための建物の建築について、右約定の期限である昭和四九年六月末日を経過しても、その着手すらしないままに倒産し、訴外会社の代表者である訴外地崎澄雄が逃亡して行方不明となり、被控訴人に対する同会社の右債務の履行もその責に帰すべき事由により事実上不可能となった。そこで、被控訴人は、右事由と債務不履行の場合の無催告解除の特約に基づき、同年一〇月三日付および同月一八日付書面で、前者については、訴外会社専務取締役西川政一に、後者については右地崎澄雄(同会社代表取締役)の代理人である弁護士吉田正文に対し、被控訴人との間の本件売買契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示は、いずれもその翌日右各名宛人に到達した。よって、右売買契約とこれに基づく前記合意は右解除の意思表示により失効した。

4. 再抗弁に対する控訴人の答弁および再々抗弁

(一)  答弁

再抗弁(1)(イ)ないし(ニ)の各事実(ただし、同(ロ)の事実中取消の意思表示の点は除く。)は否認。右取消の意思表示がなされた点は認める。同(2)の事実中被控訴人と訴外会社間の本件売買契約において被控訴人主張の如き約定が存した点、訴外会社代表者地崎澄雄が逃亡して行方不明となった点、は認めるが、その余の事実は不知。なお、被控訴人は、控訴公社が抗弁事実(4)(イ)で主張したとおりの権利譲渡につき、何等異議を留めることなく承諾したものであり、かつ、控訴公社代表者は、訴外会社から、同会社と被控訴人間の本件売買契約に基づく代金は全額支払済との説明を受けており未だ代金未払部分があることおよび被控訴人が再抗弁(2)で主張する事実を知らなかった。それ故、控訴公社は、所謂善意の譲受人であるから、被控訴人は、右売買契約の解除をもって控訴公社に対抗し得ない。のみならず、被控訴人は、控訴公社が抗弁事実(4)(ロ)で主張したとおり、控訴公社に対し、直接所有権移転およびその登記手続をなすべき義務を負担しているのであるから、右義務は、被控訴人主張の解除によって消滅しない。

(二)  再々抗弁

(1) 仮に、被控訴人主張の要素の錯誤による無効の再抗弁が認められるとしても、表意者である被控訴人に重大な過失があったものであるから、被控訴人自らその無効を主張することができない。

(2) 仮に、被控訴人の前記承諾が異議を留めないものとはいえないとしても、控訴公社は、民法五四五条一項但書の第三者に該当する。

右法条所定の第三者の権利は、登記を対抗要件とする権利については登記済であることを要するところ、仮登記であっても権利保全の機能を有する仮登記の場合は、本登記と同等の法的評価がなされ、右対抗要件としての登記の中に含まれると解すべきである。しかして、農地の売買の場合、農地法上の許可等の関係上、所有権移転登記を受けることなく、買主が売買代金を全額支払って買主の義務を完了し、他面買主の権利保全のために買受土地につき所有権移転請求権仮登記を受けることが慣行とされている。右の如く、農地取引において慣行とされている右仮登記は、単に順位保全の効力のみならず、権利保全の効力をも有するのである。右見地は、控訴公社の有する仮登記にも妥当し、被控訴人の本件売買契約解除は、控訴公社に対し、その効力をおよぼさない。

更に、右法条所定の第三者の範囲は、債権者・債務者間において債務不履行から債権者を保護することと、債務者と取引関係に立った第三者を保護することとの利益較量において、いずれを保護すべきかという観点に立って決せられるべきである。しかして、控訴公社は、訴外会社との間の前記契約締結に先立ち、被控訴人から、抗弁事実(四)(1)(2)で主張した承諾又は合意を記載した「覚書」および「登記承諾書」を受取り、本件土地についての所有権ならびに所有権移転登記を確実に取得し得ることを確認しており、加えて、被控訴人が本件土地について昭和四九年二月一二日訴外会社を債務者とする債権額金一〇〇〇万円の抵当権を設定していることを認めたのであるから、控訴公社は、訴外会社との右契約締結当時、同会社において被控訴人に対し売買代金を完済し本件土地の事実上の所有者となっていることを信じていたものである。他方、被控訴人は、右「覚書」および「登記承諾書」に押印し、抵当権を設定し、本件土地の事実上の所有者が訴外会社であるとの外観を作り出している。

右の如き事実関係に立って、控訴公社の利益と被控訴人の利益とを較量すると、控訴公社の利益の方が保護されるべきこと明らかである。

よって、控訴公社は、被控訴人の本件契約解除につき、前記法条所定の第三者に該当し、その権利を害されないのである。

(3) 仮に、右(2)の主張が認められないとしても、本件の如き事情の下で、被控訴人が、控訴公社に対して、本件契約解除の効力を主張するのは信義則に反し許されない。

即ち、控訴公社は、訴外会社と前記契約を締結する当時、被控訴人と訴外会社間の本件売買契約において、前記のとおり建物建築請負をもって売買代金の代物弁済とする約定が存することを知らなかった。被控訴人は、前記「覚書」および「登記承諾書」に署名押印した当時、訴外会社の右請負債務の履行が既に遅延していたが、訴外会社は控訴公社より同会社と同公社間の前記契約に基づきその代金を受領することにより遅ればせながら右請負債務の履行をなすものと信じていたものである。被控訴人はそう信じていたからこそ、右署名押印をしたのである。しかるに、その後、訴外会社代表者が逃亡して行方不明となるにおよび、偶々本件土地につき所有権移転の本登記が未了であるのを奇貨して、自己の損失を控訴公社へ転嫁するため、本訴請求におよび、本件契約解除の主張をするに至ったのである。よって、右解除の効力の主張は、信義則に反し無効である。

5. 再々抗弁に対する被控訴人の答弁

再々抗弁事実は全て否認。

なお、控訴公社の有する本件仮登記については、前記抗弁事実(5)についての答弁で述べたところが妥当する。結局、控訴公社は、訴外会社に対してのみ、同会社の被控訴人に対する所有権移転請求権を自己に移転するよう求めることができるに過ぎず、同会社の有する契約上の買主としての地位を全面的に引継いで、同会社になりかわって売主たる被控訴人に対し直接買主の立場に立って、自己に対し所有権移転の請求をすることはできない。つまり、控訴公社は、訴外会社に対してのみ請求できるだけで、被控訴人に対しては何等の請求権を有しない。

かように、控訴公社の地位は、被控訴人と訴外会社間の本件売買契約からすれば、極めて弱い立場にある第三者に過ぎず、控訴公社のもつ本件仮登記は、このような、せいぜい順位保全的効力しか有さず、到底買主たる権利を主張し得る効力(控訴公社のいう権利保全の効力)を有するものでない。

又、このような控訴公社の地位は、第三者の保護の有無を決する利益較量の立場からみても、到底保護に値しない。

要するに、控訴公社は、民法五四五条一項所定の第三者には該当しない。

二、反訴

1. 控訴人の反訴請求原因

(一)  本訴抗弁事実(1)ないし(3)(4)(イ)のとおり(主位的)、

仮に、右主張事実が認められないならば、本訴抗弁事実(1)ないし(3)(4)(ロ)のとおり(予備的)。

(二)(1)  本件土地は、市街化区域内の農地である。

しかして、被控訴人と訴外会社間の本件売買契約は転用目的の売買契約であるところ、訴外会社は、右売買契約により、農地法五条一項三号所定の農地転用の届出を法定条件とする条件付所有権を取得した。

次いで、同会社は、控訴公社との間の本件契約により、右条件付所有権を同公社へ譲渡し、被控訴人は、これを異議なく承諾するとともに、同公社との間で、被控訴人から直接同公社に対して本件土地の所有権を移転する旨の合意をした。

(2)(イ) ところで、控訴公社は、公有地の拡大の推進に関する法律に基づき設立された土地開発公社であるが、控訴公社が、本件土地の所有権を取得する場合は、農地法施行規則七条一四号に則り、農地法五条所定の許可ないし届出手続は不要である。

(ロ)(ⅰ) 農地法施行規則(以下単に規則という。)七条一四号が引用する「第一号の権利」とは「農地法五条一項の権利」、即ち、同法(以下単に法という。)三条一項本文に掲げる「所有権、地上権、永小作権、質権、使用貸借による権利、賃借権、その他の使用及び収益を目的とする権利」をいうのであり、「規則四五条の二又は四六条の規定による法五条一項の権利」というように限定されるものではなく、又、所有権を除外するものでもない。

その理由は、次のとおり。

規則七条一号所定の「四五条の二又は四六条の規定によって」という語句は、文理的にみて、同一号所定の「五条一項の権利」を修飾するものでなく、同一号所定の「設定される」にかかるものである。蓋し、もし同一号所定の「四五条の二又は四六条の規定」なる文言が、「法五条一項の権利」を限定するのであれば、「よって」ではなく「による」という文言が使用されるはずだからである。

更に、規則四五条の二又は四六条は、所謂一時使用のための転用貸付に関する規定であり規則七条の内三号ないし一五号の規定(ただし内一二号を除く。以下同じ。)は全て「一号の権利」を引用しているところ、仮に「一号の権利」が一時貸付による用益権に限定されるとしたならば、三号以下に掲げる権利取得の目的(その多くは所有権もしくは恒久的な強い効力を有する用益権を前提としている。)を達成することは殆ど不可能であり、右三号ないし一五号の規定は、実際に運用されることのない無意味な規定になってしまうし、のみならず、同一号の規定は、その規定の体裁からみて、主体目的対象土地につき何等制限を加えない一般条項的な規定であるから、三号ないし一五号の規定に引用される「一号の権利」を一時貸付による用益権に限定するならば、三号ないし一五号の規定は全て一号の規定に含まれてしまい、三号ないし一五号の規定は、全く無用の規定に化する。したがって、三号ないし一五号の規定に引用される「一号の権利」は「法五条一項の権利」と解し、右三号ないし一五号の規定は、ただ直近の「一号の権利」なる文書を引用したに過ぎない、と解すべきである。

なお、同一号の規定が「設定される場合」として所有権あるいは権利移転の場合を除くが如き表現をしているのも、規則四五条の二又は四六条が国において買収等により取得した所有地を転用貸付する場合の規定であるから、それとの関連から右の如き表現を採ったに過ぎず、又、二号および一二号の規定は、売払い又は買取りの場合の規定であるから、「一号の権利」なる文言を引用せず、直接「所有権が移転される場合」なる文言を使用したものと解すべきである。

(ⅱ) 法五条一項三号は、同項本文の規制措置の除外事例を、同項一号、二号の場合に追加して緩和拡大したものであるから、同項三号の規定の場合に追加された四号の場合にも、三号の場合と同列に解し、三号所定の如き届出は不要と解すべきである。

したがって、右四号に該当する本件においては、同項三号所定の届出も不要である。

したがって、控訴公社は、訴外会社から本件条件付所有権を譲受け、かつ、被控訴人から前記主位的主張の承諾を得、又は、同人と予備的主張の合意をした日である昭和四九年七月二四日、本件土地の完全な所有権を取得した。

(三)  しかるに、被控訴人は、現在、本件土地を占有し、耕作の用に供している。

(四)  よって、控訴公社は、被控訴人に対し、本件土地につき、主位的に訴外会社との権利譲渡契約に基づき本件仮登記の本登記手続を、予備的に被控訴人との間の合意に基づく所有権移転登記手続を、併せて、右土地の所有権に基づく引渡を、各請求する。

2. 反訴請求原因に対する被控訴人の答弁および抗弁

(一)  答弁

反訴請求原因(一)の事実については、本訴抗弁に対する答弁のとおり、同(二)の主張は争う。控訴公社の主張する農地法五条、同法施行規則七条は、「農地を農地以外のものにするため」に権利を移転する場合の規定であって、本件のように農地を代替地として取得する場合の規定ではないから、農地法の手続、少くとも同法三条の許可を必要とする。しかるに、控訴公社は、未だ右手続を経ていないから、本件土地につき所有権を取得していない。即ち、控訴公社は、本件土地を、本件バイパス道路用敷地として使用する目的ではなく、右敷地用として買収される土地の代替地に供するため取得した。しかも、本件では、右敷地用として買収される土地が農地であったから、その代替地も当然に農地が予定されていた。同公社は、右目的を達するため農地である本件土地を農地そのものとして取得したのである。法五条は、その権利の設定又は移転がその土地の農業上の利用を廃止する結果となる場合、即ち、農地転用(農地を農地以外のものにする)ための権利移転について知事の許可を必要とし、例外として省令で定める場合に右許可を不要とするのであるが、その不要とされる例外の場合でも、土地開発公社が農地転用目的で当該土地を取得する場合に限られるのである。つまり、控訴人主張のとおり規則七条一四号が引用する「一号の権利」とは「法五条一項の権利」をさすのであって規則七条一号の「規則四五条の二又は四六条の規定による法五条一項の権利」に限定されるものでなくかつ所有権を含むと解釈しても、法五条一項の権利そのものが、農地転用のために取得される場合をいうのである。しかるに、本件は、被控訴人の右主張のとおり控訴公社は農地である本件土地を農地そのものとして取得したのであって、決して農地転用のため取得したのではないから、法五条、したがって規則七条一四号の適用はない。本件は、あくまでも法三条の場合に当り同法条所定の許可を必要とする。なお、控訴公社の規則七条一四号に関する主張は、要するに、同号所定の「一号の権利」は本来「法五条一項の権利」とすべきであったというに帰するから、右主張にしたがえば、右「一号の権利」なる文言は立法上の誤りということになる。しかし、規則七条の三号ないし一五号(ただし、一二号を除く。)は全て「一号の権利」としてこれを引用しているところ、これ等はいずれも、文理上は「一号の権利」であって「一項の権利」ではないから、文言どおり規則七条一号を指すと解すべきであり、立法者が法文上使用すべき「号」と「項」とをとり違える重大な誤謬を犯すとは考えられない。現に、法三条に対応する規則三条三、四号には「法三条一項の権利」と明記されているから、立法者が規則上「三条一項」と「一号」とを使い分けているのは明らかである。よって、控訴公社のこの点に関する主張も、理由がない。同(三)の事実は認める。同(四)の主張は争う。なお、合意に基づく所有権移転登記手続という、登記原因の、特定性を欠く抽象的な移転登記請求は許されない。必ずしも、売買交換等の有名契約でなくても無名契約であっても差支えないが、合意契約によって所有権の移転のあったことが登記請求権の前提となる。しかるに、本件では前記のとおり農地法所定の許可もなく、控訴公社の主張する「合意」だけでは、所有権の移転はない。

よって、控訴公社の各請求は失当である。

(二)  抗弁

(1) 本訴再抗弁と同じ。

(2) 仮に、控訴公社主張の合意が成立しているとしても、控訴公社は、訴外会社から被控訴人に対し売買代金の支払がなされているか否かを確認することなく、単なる仮登記の附記登記を得たのみでしかもその主張の根拠とする「覚書」等の徴収に際しても、訴外会社に任せきりにして、自ら立会して被控訴人から直接受領する等せず、被控訴人の意思を確認しないまま、訴外会社に代金全額を支払ったものであり、公法人としてはあまりにも軽率極まりない行為を犯したものであるから、その危険は同公社自ら負担すべきものである。それにもかかわらず、同公社は、これに反し、合意を根拠とし、被控訴人に対し、同人に対する売買代金の支払もすることなく、同人に対し、所有権移転登記ならびに本件土地の引渡を請求しているのである。右の如き事情からみて、控訴公社の右請求は、権利の濫用であり信義則に反し失当である。

3. 抗弁に対する控訴人の答弁および再抗弁

(一)  答弁

抗弁(1)の事実については、本訴再抗弁に対する答弁と同じ。同(2)の事実は全て争う。

(二)  再抗弁

本訴再々抗弁と同じ。

4. 再抗弁に対する被控訴人の答弁および再々抗弁

(一)  答弁

本訴再々抗弁に対する答弁と同じ。

(二)  再々抗弁

仮に、控訴公社の主張が全て認められるとしても、控訴公社は、本件土地に対する訴外会社の買主の地位を取得したものであるところ、同公社は訴外会社と同公社との前記契約により契約上の買主の権利の内義務を除いたものを取得したと主張するが、売買契約なる双務有償契約上の地位の移転において買主の権利のみを取得し、代金支払義務を承継しない契約というものはあり得ない。まして、同公社が、売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記の附記登記を受けたに過ぎない本件においては、当然に売主たる被控訴人に対する代金支払義務を伴うものである。しかして、被控訴人の訴外会社に対する本件土地についての所有権移転登記ならびに引渡をなすべき義務は、訴外会社の被控訴人に対する右土地代金支払義務と同時履行の関係に立つ。よって、被控訴人は、控訴公社に対しても、右同時履行の抗弁を主張し、右土地の代金支払を受けるまで、右登記手続ならびに引渡をなすべき義務の履行を拒絶する。

5. 再々抗弁に対する控訴人の答弁

再々抗弁事実は全て争う。被控訴人の控訴公社に対する右債務は、同公社が本訴抗弁事実(4)(イ)(ロ)で主張したとおりの当事者間の承諾又は合意に基づくものであるから、被控訴人の主張する代金債務と同時履行の関係に立つものでない。

第三、証拠関係<省略>

理由

第一、本訴について

一、請求原因(一)、(二)の各事実は、当事者間に争いがない。

二、抗弁について判断する。

1. 抗弁事実(1)、(2)の各事実、同事実(3)中控訴公社と訴外会社間の本件売買契約における売買の対象に関する主張を除くその余の事実、同事実(5)中控訴公社がその主張する年月日に本件土地につき仮登記の移転登記(附記登記)(本件仮登記)を経由したこと、控訴公社が同公社と訴外会社間の本件契約に基づき同会社に対し昭和四九年七月二九日と同年八月二日の二回にわたり約定代金の全額を支払ったこと、は当事者間に争いがない。

2.(一) <証拠>および弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

(1)  訴外会社は、不動産の売買仲介、建物の建築販売等を目的とする株式会社であったが、本件土地を農地以外のものにするため、市街化区域内にある農地であるところの右土地につき、被控訴人と本件売買契約を締結した。

(2)  控訴公社は、昭和四二年頃、滋賀県から、一般国道一六一号西大津バイパス改築事業用地の買収およびそれにともなう代替地の取得に関する事務を委託され、昭和四九年三月頃から道路用地の測量を、同年六月頃から右用地の買収工事を、それぞれ開始した。

右買収事務の内大津市滋賀里から同市穴太地区間分は、当時の控訴公社事務局業務第三課において処理されていたが、同課課長は、訴外岡本利三郎であった。

(3)(イ)  岡本は、同月二五日頃、同人が担当していた大津市穴太地区関係につき、買収にともなう代替地獲得の必要に迫られ、種々調査の結果、右代替地として本件土地を買入れるのが最適との結論に達し、その旨を上司に報告した。控訴公社代表者は、同月二八日頃、岡本の右具申に基づき、同公社は本件土地を買収にともなう代替地として取得する旨の意思決定をした。

(ロ)  岡本は、以後、控訴公社の代理人として、本件土地の買受け事務に当ったが、同年七月六日頃、本件土地の登記簿謄本から、登記簿上の本件土地所有者は被控訴人であるが訴外会社が右土地につき所有権移転請求権仮登記を有すること、右土地につき同会社を債務者とする抵当権が設定されていること、の各事実を知得した。

(ハ)  そこで、岡本は、同月一一日頃、訴外会社代表者地崎澄雄と面接し、本件土地の所有関係につき質問したところ、地崎から、右土地は訴外会社が被控訴人より買受け取得したものであり、現在被控訴人が耕作しているが訴外会社において自由に売却でき、同会社が右売却したときは被控訴人に何時でも右耕作をやめてもらえる、又同会社の右土地所有関係登記が仮登記になっているのは農地法との関係からであり、これも直ぐ本登記ができる旨の回答を得た。

(4)(イ)  岡本は、地崎との右面接の結果、本件土地の実質上の所有者は訴外会社であると判断し、同月一一日以降数回にわたり、地崎と本件土地に関する売買の交渉を重ね、同月二四日の数日前頃右両者間で、右土地に関する売買につき一応の合意に達した。

(ロ)  岡本は、地崎において本件土地は訴外会社の所有に属する旨陳述しているものの登記簿上の所有名義は依然として被控訴人にあることに留意し、地崎と右土地に関する売買契約を締結する前に被控訴人の意思を確認すべく、その頃、土地売買にともなう覚書なる標題の文書(乙第二号証)と登記承諾書なる標題の文書(乙第三号証)とを作成し、地崎に対し、右各文書の記載内容につき被控訴人の同意を得たうえ右各文書に同人の押印を得て来るべく要請した。

(ハ)(ⅰ) 右覚書は、控訴公社、訴外会社、被控訴人三者連名の形式をとり、右三者間において、同公社訴外会社間に締結された土地売買契約書三条に基づく代金は所有権移転請求権仮登記完了後全額支払うことについて次のとおり覚書を交換する、訴外会社は、控訴公社から所有権移転登記および各登記申請に必要な書類(権利書および印鑑証明書付承諾書等)の請求があったときは、請求があった日から一週間以内に控訴公社にこれを提出しなければならない、被控訴人は、訴外会社が右義務を履行しない場合、期日満了の日から五日以内に右義務を代行しなければならない旨を、その内容とする。

(ⅱ) 右登記承諾書は、被控訴人から控訴公社宛の形式をとり、本件土地は被控訴人の所有であるが建設省起業一般国道一六一号改築工事用地の代替地として売渡したので、控訴公社で権利移転の登記嘱託をしても異議がないから本承諾書を差出す旨を、その内容とする。

(ニ)  地崎は、岡本から右要請の下に右各文書を手渡され、その頃、訴外会社の従業員仲則幸に対して右文書を手渡し、被控訴人に右各文書を示し、同各文書に同人の押印を得て来るよう命じ、仲を被控訴人の許に赴かしめた。

被控訴人は、その頃、仲から、右各文書を手渡され右各文書に押印することを求められ、右各文書に目を通し、右各文書の各記載内容に何も付加することなく、右各文書の所定個所に自分が所有する印顆を押捺して、再び右各文書を、仲に手渡した。

なお、被控訴人は、その後、地崎、控訴公社のいずれに対しても、右各文書の作成、その内容について問い合せたことがない。

(5)(イ)  岡本は、同月二四日、地崎から右各文書を受取り、しかる後、同人とともに、同日付で、控訴公社と訴外会社間における土地売買契約書(乙第一号証)なる文書を作成し、右両者間に、右土地に関する売買契約を正式成立せしめた。

(ロ)  右契約書には、その一条として、控訴公社は一般国道一六一号西大津バイパス改築事業用地の代替地に供するため本件土地を訴外会社から買受けるものとする旨、同一四条には、控訴公社は都合により右土地を第三者に譲渡することができ訴外会社はこれに対して異議を申立てないこと、その場合でも、登記に必要な登記済証、印鑑証明書、委任状等および開発許可、農地転用に必要な書類等を交付する旨各掲記されている。

しかしながら、訴外会社が被控訴人に対して負担する右両者間の本件売買契約に基づく義務については一切言及されていない。

(二) 右認定に反する被控訴人の前叙各供述部分は、前掲各証拠と対比してにわかに信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

3.(一) 右認定にかかる全事実関係を総合し、就中控訴公社と訴外会社間の本件契約書において同会社が被控訴人に対し負担する右両者間の本件売買契約に基づく義務については一切言及されていない点、本件覚書および登記承諾書にも訴外会社の被控訴人に対する右義務には何等言及されておらず、むしろ、同人の控訴公社に対する義務のみが掲記されている点、それにもかかわらず同人がこれ等に押印している点を参酌すると、本件土地は農地法四条一項五号所定の農地であるが、訴外会社は、被控訴人から、右土地を、同法所定の所有権取得に関する手続履践を条件として買受け、右土地につき条件付所有権を取得し右土地につき所有権移転請求権仮登記を経由したところ、同会社は、その後、控訴公社間の本件売買契約に基づき、同会社が被控訴人に対して有する買主の権利(右条件付所有権を含む。以下同じ。)を同公社に譲渡し、同公社に右土地についての右権利を取得せしめ、しかる後、同公社が、訴外会社から譲受けた右条件付所有権につき本件仮登記を経由した、と認めるのが相当である。

しかして、双務契約たる売買契約といえども一旦当事者間に成立した後は、その買主に属する権利と義務とを分離して各別の法律行為の目的とすることは妨げられないと解するのが相当(大審院大正五年四月二六日判決民録二二輯八〇六頁参照。)であるから、本件においても、訴外会社が被控訴人に対する買主の権利だけを控訴公社に対して譲渡することは許されるというべきである。

なお、本件において、右譲渡の効力を阻害する事由についての主張・立証はない。

右説示に反する被控訴人のこの点に関する主張は、いずれも理由がなく採用できない。

(二) 本件において、訴外会社から控訴公社に、同会社の被控訴人に対する買主の義務をともなわない買主の権利だけが譲渡されたこと、は右認定説示のとおりであるから、かような場合には、特段の事由がない限り、民法の指名債権譲渡に関する規定の類推適用を認めるのが相当である。

しかるとき、本件においては、右類推適用を妨げるべき特段の事由は認められないから、訴外会社から控訴公社の右権利譲渡につき民法四六七条一項、四六八条一項の類推適用を認め、前示被控訴人の控訴公社に対する本件覚書および登記承諾書の授受に関する認定から、右各文書の授受は、右権利譲渡の承諾と、しかも、同認定にかかる右各文書の記載内容、右各文書授受時およびその後における被控訴人の態度、から、右承諾は異議を留めない承諾であった、と認めるのが相当である。

しからば、右認定説示の結果として、控訴公社は、被控訴人に対し、訴外会社からの右権利の譲受けを対抗できる、即ち、同公社は、被控訴人に対し、右権利の取得を主張し、これを行使できる、というべきである。

4. 叙上の認定説示から、本件仮登記は実体に符合し有効というべく、控訴公社の抗弁は、全て理由がある。

三、再抗弁について判断する。

1. 再抗弁は、いずれも、抗弁事実(4)(ロ)の合意の存在を前提とするところ、前示認定説示から明らかなとおり、本件においては右合意の存在を問題とする余地がないから、右各再抗弁は、その前提を欠き、それ自体失当というほかない。

2. ただ、再抗弁(2)は、被控訴人の訴外会社に対する、同人と同会社間の本件売買契約の解除をその内容とするところ、右主張は、右合意が存在しなくても、控訴公社の本件権利取得の成否と直接関連すると解されるので、この点につき付加判断する。

(一)  本件に民法の指名債権譲渡に関する規定の類推適用を認めるのが相当であり、しかも、被控訴人が訴外会社から控訴公社への本件権利譲渡につき異議を留めない承諾をしたと認められること、は前示抗弁に関し認定説示したとおりである。

しかして、右認定説示に立つならば、民法四六八条一項も又本件に対して類推適用され、被控訴人は、訴外会社に対抗し得る事由があっても、これをもって控訴公社に対抗し得ず、したがって、被控訴人はその主張にかかる契約解除をもって控訴公社に対抗できない、というべきである。しからば、仮に再抗弁(2)の主張事実が全て存在したとしても(ただし、その解除原因事実については後示のとおり。)、控訴公社の本件権利取得は、それによって何等左右されないというべきである。

(二)  もっとも、被控訴人が右解除の原因として主張する事実中被控訴人と訴外会社間の本件売買契約に被控訴人主張の約定が存在した点、右会社代表者地崎澄雄が逃亡して行方不明になった点、は当事者間に争いがなく、前掲証人地崎澄雄の当審における、被控訴人の原審および当審における各供述によれば、訴外会社が昭和四九年九月一七日事実上倒産し、同会社代表者地崎がその頃逃亡し、同会社の被控訴人に対する右約定が履行できなくなったこと、が認められるから、右各事実に基づくと、被控訴人主張の本件解除原因事実は、同人の本件承諾(異議を留めない承諾。以下同じ。)後に発生したものということができ、これが右結論に対し消長をおよぼすかの如くである。

しかしながら、本件において、訴外会社の被控訴人に対する前叙約定に基づく反対給付義務は、被控訴人の本件承諾前既に発生していたのであるから、右承諾時既に契約解除を生ずるに至るべき原因が存在していたものというべきであり、しかも、前示認定にかかる、控訴公社と訴外会社間の本件売買契約締結までの経緯および同公社と被控訴人間における本件覚書および登記承諾書授受の状況、被控訴人の右授受時およびその後の態度、に、証人岡本利三郎の原審における供述によって認められる、同人が訴外会社と被控訴人間の売買代金支払いに関する紛争を知ったのは同年一〇月初旬であること、を併せ考えると、控訴公社代理人岡本は訴外会社から本件権利を譲受けるに際し被控訴人の同会社に対する抗弁事由の存在を知らなかった、と認めるのが相当である。しからば、被控訴人の本件解除原因事実が同人の本件承諾後に発生したものであっても、同人は、右解除をもって控訴公社に対抗できない、というべきである(最高裁昭和四二年一〇月二七日第二小法廷判決民集第二一巻第八号二一六一頁参照。)。

よって、前示結論、即ち、被控訴人はその主張にかかる契約解除をもって控訴公社に対抗し得ない、したがって、同公社の本件権利取得も右解除によって何等左右されないとの説示は、右解除原因事実が被控訴人の本件承諾後に発生したとの点によって、何等影響されない。

(三)  結局、再抗弁(2)は、右認定説示の点からも理由がなく採用できない。

第二、反訴について

一、反訴請求原因について

1. 登記手続に関する反訴請求原因について

(一)  本件土地が農地法四条一項五号所定の市街化区域内にある農地であること、控訴公社が訴外会社から本件条件付所有権を譲受けたこと、同公社がしかる後右土地につき仮登記の移転登記(附記登記)(本件仮登記)を経由したこと、同公社が被控訴人に対し右権利の譲受けを対抗できること、それ故本件仮登記が実体に符合する有効なものと認められること、は本訴抗弁について認定説示したとおりである。

(二)  しかして、控訴人は、控訴公社が現在被控訴人に対して本件仮登記に基づく本登記手続を請求する権利を有する旨主張するので、この点につき判断する。

(1) 控訴公社と訴外会社間の本件売買契約締結に至るまでの経緯、右売買契約書の記載内容とその文言、控訴公社と被控訴人間に授受された本件覚書および登記承諾書の記載内容等は、前示認定のとおりであるところ、右認定事実を総合すると、控訴公社は、本件土地を農地以外のものにする(以下単に農地転用という。)ため、訴外会社から、同会社の有する本件条件付所有権の譲渡を受けたもの、と認めるのが相当である。

成程、証人岡本利三郎の原審における供述によれば、同人が本件土地を訴外会社から買収すべく控訴公社の上司に具申したのは、同公社の前示改良工事用地の被買収者がその所有農地を同公社に買収されることになったためその代替地として農地を欲した故であること、が認められ、右認定事実は、一見同公社が本件土地を取得したのは農地転用のためであるとする右説示を阻害するかの如くである。

しかしながら、後示認定にかかる控訴公社の設立目的、その業務内容、前示認定にかかる同公社が昭和四九年七月当時滋賀県から委託されていた事務内容、証人岡本利三郎の右供述によって認められる、同公社が行う前叙事業用地の買収の交渉は先ず同公社において代替地を事前に取得しそれを前提として行われたこと、右代替地は被買収土地代金で被買収者に買取られること、したがって右買収契約が成立しない限り被買収者が右代替地を取得することはなく、その間同公社が右代替地の権利を保有すること、本件土地もその例に洩れず、しかも、同公社と本件土地を代替地として希望した前叙被買収予定者との間の買収契約は未だ成立せず、本件土地に関する権利は依然として同公社に保有されていること、前叙認定にかかる同公社と訴外会社間で作成された本件売買契約書一四条の文言から、同公社においては右契約当時既に同公社の都合によっては本件土地の権利を第三者に譲渡する場合を予定していたことが認められること、等を総合すると、同公社が本件土地を農地として、即ち農地法三条所定の下にこれを取得した、とは到底考えられず、同公社は飽くまでも本件土地を農地転用の目的で取得した、と認めるのが相当である。

よって、控訴公社の本件土地に関する本件権利取得は、農地法五条所定の規制を受ける、というべきである。

右各認定説示に反する、被控訴人のこの点に関する主張は、いずれも理由がなく採用できない。

(2) 農地法五条一項本文によれば、農地転用のため、農地について所有権を取得するには所定の許可を必要とするところ、本件において、控訴公社が農地の所有権を取得するには、右許可は不要と解するのが相当である。蓋し、同法五条一項但書は、同法条一項本文の許可を除外しその除外例として、一ないし四号を定めているところ、本件は右同法五条一項但書四号およびこれを受ける農地法施行規則七条一四号に該当すると解されるからである。

ただ、右規則七条一四号は、同号所定の主体が市街化区域内にある農地又は採草放牧地につき同規則一号の権利を取得する場合を定めているところ、右一号には、規則四五条の二又は四六条の規定によって法五条一項の権利が設定される場合と定められているので、一見右一四号の権利は右四五条の二又は四六条の規定によって限定された権利であるかの如くである。

しかしながら、右四五条の二又は四六条の規定は所謂一時使用のための転用貸付に関する規定であるところ、もし、右一四号所定の権利が右四五条の二又は四六条の規定によって限定された権利であると解するならば、右一四号所定の主体が市街化区域内にある農地の所有権を取得する場合には、それは右一四号所定の範囲外の行為となるから、農地法五条一項本文の原則に立帰えりその都度所定の許可を必要とすることにならざるを得ない。かくしては、同法五条一項但書が、その四号で、許可の除外例を省令に委ね、それを受けて規則七条一四号が規定されたにもかかわらず、右七条自らが、右一四号所定の主体が許可を要せず農地の所有権を取得する途を閉ぐことになり、右規定の存在目的は全く無に帰する。

してみれば、右規則七条一四号所定の権利を右の如く限定する解釈はこれを採り得ず、右一四号所定の権利は、少くとも、当該土地の所有権を除外するものでない、と解するのが相当である。

よって、本件につき農地法五条一項但書四号、農地法施行規則七条一四号の適用を認め控訴公社が農地の所有権を取得するにつき農地法五条一項本文所定の許可を不要とする右結論は、右規則七条一四号、同法条一号の文言の関係によって何等左右されない。

(3) 農地法五条一項但書三号は、市街化区域内にある農地の所有権取得については都道府県知事への届出をもって足りる旨規定しているところ、控訴公社が農地の所有権を取得するには右届出も不要と解するのが相当である。

蓋し、

(イ) 農地法五条一項一ないし四号は、同法条一項但書を受けて、同法条一項本文所定の許可を不要とする場合を規定したものであるところ、右三号と四号の文言を比較対照してみると、三号では四号と異なり都道府県知事への届出を必要とするのに対し、四号では右届出の要件は存在せず、単に、その他省令で定める場合と規定されているだけで、しかも、右四号を受ける農地法施行規則七条においても右届出は要件とされていない。かくの如く、右両号が等しく農地法五条一項但書の許可除外例でありながら、右三号だけに右届出が要件として存在することからして、右三号所定の届出は同号のみに特有の要件であり、本件の如く右四号、右規則七条一四号該当の場合には、右届出は不要と解するのが相当である。

(ロ) 本来農地法四条一項五号所定の市街化区域は、爾後積極的に市街化を図るべき区域であり、農地の宅地化も積極的に推進すべき区域であるから、農地転用のための権利移転に関する制限を存置して置く必要がないものであるが、同法は、市街化区域内の農地が都市計画事業にともなって漸次都市施設の用に供されるべき土地ではあっても、それまでの間は引続き農地として利用されるから、この点に着目し、同法五条一項但書三号所定の届出の限度で、右土地の権利移転の監督を残在したと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、控訴公社は、農地法施行規則七条一四号所定の主体であるが、同公社は、公有地の拡大の推進に関する法律に基づき設立(同法一〇条)され、地域の秩序ある整備を図るために必要な公有地となるべき土地の取得および造成その他の管理を行うことを目的(同法一七条、一〇条一項)とするものであり、しかも、同公社は、右設立の目的にしたがい、農林漁業との健全な調和に配慮しつつ公有地となるべき土地を確保し、これを適切に管理し、地方公共団体の土地需要に対処し得るように努めなければならない(同法三条二項)のであるから、同公社の右の如き設立目的業務内容からみて、同公社が右市街化区域内にある農地の所有権を取得する場合には、右要届出の除外例として、右届出を不要としても、農地法が想定する当該土地に対する権利の細分化、複雑化、商品化等の弊害はない、と解するのが相当である。

右説示に反する被控訴人のこの点に関する主張は、全て理由がなく採用できない。

(4) 農地法五条一項本文、同一項但書三号所定の許可届出は、農地所有権移転のための効力発生要件と解されるところ、右認定説示に基づくと、控訴公社が農地の所有権を取得する場合右許可届出は不要であるから、本件において、同公社は訴外会社より本件条件付所有権の譲渡を受けたけれども、被控訴人に対し右権利の取得を主張しこれを行使する場合には、右許可届出は最早同法上その効力発生要件たり得ず、同公社は、被控訴人に対し、本件条件付所有権の右要件が充足された場合と等しく完全な所有権の取得を主張し、これを行使できる、と解するのが相当である。

(5) 叙上の認定説示を総合すると、控訴公社は、被控訴人に対し、本件仮登記に基づく本登記手続を請求する権利を有する、というべきである。

(三)  よって、控訴公社の本件登記手続に関する反訴請求原因は、その主位的主張において理由がある。

2. 本件土地の引渡に関する反訴請求原因について

(一)  被控訴人が現在本件土地を占有していること、は当事者間に争いがない。

(二)  控訴公社が被控訴人に対し本件土地につき完全な所有権を行使できること、は前示認定説示のとおりである。

(三)  しからば、控訴公社は、被控訴人に対し、本件土地の所有権に基づき、右土地の引渡を求める権利を有する、というべきである。

3. 抗弁について

(一)  抗弁(1)については、本訴再抗弁についての判断が、これに妥当する。

よって、右抗弁(1)は、全て理由がない。

(二)  そこで、抗弁(2)について判断する。

(1) 右抗弁(2)は、反訴請求原因の内控訴公社が同公社と被控訴人間に成立したと主張する本件合意(本訴抗弁事実(4)(ロ)の合意)の存在を前提とするところ、本件においては右合意の存在を問題とする余地がないこと、は本訴再抗弁について認定説示したとおりであり、右認定説示はここでも妥当し、したがって、右再抗弁(2)は、その前提を欠き失当というほかない。

(2) 右抗弁(2)が、右合意の存否にかかわらず、控訴公社の本件所有権行使に直接関係するとしても、同公社の被控訴人に対する右権利の行使をもって、権利の濫用又は信義則違背とすることはできない。

成程、証人岡本利三郎の原審における供述によれば、控訴公社が訴外会社と本件売買契約を締結する前、岡本において、被控訴人と同会社間の本件売買契約に基づく売買代金が同会社から被控訴人宛支払われているか否かを確認しなかったこと、が認められ、控訴公社と被控訴人間の本件覚書および登記承諾書の授受が訴外会社代表者地崎澄雄を介して行われたこと、は前示認定のとおりである。

しかしながら、控訴公社と訴外会社間の本件売買契約は、同会社が被控訴人との本件売買契約に基づき同人に対して有する買主の権利をその対象としたこと、本件において右買主の権利の譲渡も法律上許されること、被控訴人が右権利の譲渡に対し異議を留めない承諾をしたと認められること、しかも、控訴公社代理人岡本が、訴外会社から、右権利を譲受けるに際し、被控訴人の同会社に対する抗弁事由の存在を知らなかったこと、被控訴人自身も、右各文書の授受後、控訴公社に対し、右各文書の作成、その内容について問い合せたことがないこと、は前示認定のとおりであるから、これ等の各事実に基くと、控訴公社の本件所有権の行使をもって、権利の濫用又は信義則違背とすることはできない。

(3) よって、再抗弁(2)は、いずれにしても、理由がない。

4. 再々抗弁(同時履行の抗弁)について

右再々抗弁の主張内容は、これを肯認することができない。蓋し、控訴公社が訴外会社から譲受けたのは、同会社が被控訴人との本件売買契約に基づき同人に対して有する買主の権利であったこと、双務契約たる売買契約といえども一旦当事者間に成立した後はその買主に属する権利と義務を分離して各別の法律行為の目的とすることは妨げられないこと、は本訴抗弁について認定説示したとおりであり、しかも、右認定説示に基づけば、訴外会社が被控訴人との本件売買契約に基づき同人に対して負担する売買代金支払義務は、当然には控訴公社に移転していない、と解するのを相当とするところ、右再々抗弁の右主張内容は、右認定説示と相容れないからである。

よって、右再々抗弁も又、理由がなく採用できない。

第三、結論

以上の次第で、被控訴人の本訴請求は、全て理由がないからこれを棄却し、控訴人の本件反訴請求は、全て理由があるからこれを認容すべきである。

したがって、これと結論を異にする原判決は失当であり、本件控訴は、全て理由がある。

よって、原判決を取消して、被控訴人の本訴請求を棄却し、控訴人の反訴に基づき被控訴人に対し前掲主文第三項のとおりの本登記手続をなすことおよび本件土地の引渡を命じ、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野千里 裁判官 岩川清 鳥飼英助)

<以下省略>

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